拉致されて北米に連れてこられた黒人たちは、もともと先祖伝来の宗教を持っていましたが、部族や家族がバラバラにされたため、その宗教を伝承することができず、やむなくキリスト教の信徒になりました。
そのキリスト教をベースにした彼らの歌が黒人霊歌、あるいはゴスペルソング、として歌い継がれています。過酷な境遇の中で、希望の光をあの世に見出そうとしたのが黒人霊歌、この世に見出そうとしたのがゴスペルソング、といわれています。黒人霊歌として有名な曲は、「ジェリコの戦い」「わたしの苦悩は誰も知らない」「深い河」「時には母のない子のように」などで、前2曲はヴォーカルグループがよく演奏曲目に取り上げるので、聴けば「あゝ聴いたことがあるよ!」と判ると思います。後の2曲はあまり聴くことがありません。「ジェリコの戦い」も「深い河」も聖書を題材にしており、深い河はヨルダン河のことで、ミシシッピ河やコロラド河のようなアメリカの河ではありません。「時には母のない子のように」は幼い時に家族とバラバラに引き裂かれた黒人が「自分には、もともと母親なんかいなかったのでないかと時々思ってしまう」という悲しい歌です。同じ題名で、詞と曲とが異なる歌を昭和44年にカルメンマキが歌ってヒットさせましたが、このとき「母のない子」は差別用語だと物議をかもしたと聞きました。しかし、作詞をした寺山修司(故人)は多分この黒人霊歌を念頭においていたのではないかと思っています。