老いを楽しむ… Withコロナにたえて

≪一つの思い≫「いつまで出来るか老松の剪定!」

丁度、48年前にこの地で普請した時に植栽された松、随分と背丈も枝ぶりも大きく成長?したものだ。

伏見区深草の生地から引っ越してきたのがS48.4、庭とはおこがましい程の広さで、間口が1.2m、奥行きが2mという狭い庭に、松.金木犀.南天.沈丁花を小奇麗に植栽してもらった。

CIMG4609 (1) 松 金木犀 南天

今では松と金木犀.南天が生き残り、毎年10月下旬頃、にわか植木屋さん風体で脚立.梯子.植木ばさみを持って 剪定してきたのである。 作業も楽しみだった。

当初は1m程度だった松や金木犀の剪定作業は出来上がりを誇れるほど容易だった。だがしかし、木の成長につれて30年ほど前から危険! あぶない!と、自分自身も内心思うが、妻は勿論、周囲も『落ちたらどうすんの…』通りすがりの見知らぬ人まで『危ない!怖い!気いつけてや…』とのたまう。事実、松の上段に上ると根元までは2m足らずだが、道路まではゆうに3mはあるから落下すれば骨折では済まない命の危険すら感じる。

若いころ家を建てるなら…道路から階段を四、五段あがって玄関、階段上がる左が庭で右がガレージという立体的な我が家を夢見ていた。その通りの更地の 土地を見つけて、夢に描いていた家を建てたのだ。

今では…階段を5段上るのが苦になりだし、庭木も背丈が伸びると剪定の喜びが重荷になる。おまけに、ガレージだ!後3年?6年マイカーに必要なガレージであり続けるだろうか?

子育てから、世帯盛りの日々においては、あくせくする私の癒しの家であり、休日には植木屋さん、ペンキ屋さんに早変わりして、維持することすら苦ではなくて喜びであった。

これからどうなるんかな~。まだ、4~5年は大丈夫だ!大丈夫だと強がりを言っているが、もう、妻の手助けをありがたく、なくてはならない助っ人になってきた。

二人で一人前となってきた自分達、思わず笑みがこぼれるのだ。『強がりません、手助けよろしく!!』

 

≪二つ目の思い≫ 11月18日は亡き父の祥月命日である。

父は平成19年(2007年)11月19日に99歳で逝った。早や13年の年月が経過した。

NHKの朝ドラ『エール』のシーンで、ゲートル姿や一升瓶の中に入れた玄米を棒でつつきながら白米にしている映像を見る時、亡き父のこと、当時のこと、生活を思い起させられるのである。

私は昭和15年(1940年)12月1日生まれで、この記憶は4・5歳当時の記憶となるのであろう。

父は近くの軍需工場に勤務していて、空襲警報が鳴ると裸電球の笠に黒い布をかぶせて、手際よくゲートルを巻き、家を出ていったということも確かな記憶となっている。私たち家族も隣家の防空壕に急いで入ったことまで覚えている。

私の遠い記憶の始まりである…、その後、時系列で思いだされる父の記憶には、父の聡明さ、器用さ、粘り強さを感じさせられる逸話に加えて、詩吟.謡曲.端唄、童謡唱歌を口ずさむ情の溢れた姿を最近になって強くよみがえってくる。この中で父の足元にも及ばないが、私は詩吟だけは一生懸命けいこに励んだ。父の戒名は吟譽鴨風禅定門だ!吟は詩吟、鴨風は師範の号

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家庭菜園にも精おだしていた父

父は明治41年(1908年)11月18日生まれで、今、存命であれば112歳、申(さる)年生まれである。

申年生まれは器用であるともいわれているが…兎に角手先も含めて器用であった賢明であった。また、小柄であったが精力的で休日には植木の手入れや、プロ顔負けの家庭菜園をコマメに精を出すかと思えば、家屋の修理など知恵を絞ってコツコツと取り組んでいた。

そんな姿を思い出すその上、子煩悩でお風呂屋帰りの道すがらの話には人生のうん蓄が込められていて、いまだに忘れることのできない体験談.語り草であった。

父は幼くして父を亡くし、生きるために13歳の頃から「朝は朝星し、夜は夜星」と二つ上の兄と農作業に励んだこと、家貧しく進学の夢断ち切れず、聴講生として学ぼうとした一途な気持ちを思い出し、思い出して語ってくれたことは今でも忘れられない。 頑張り屋の父だった。

父の年齢まで我が命をつなぐことはとてもとても無理とは思いながらも、我が歳80歳!所作や顔つき、日々の時間の経過に身を置く我が思いまでも、亡き父に似通ってきたと思う今日この頃である。

エールに映し出される様々なシーンは、思いがけず終戦前後の生活実態や保育園、小学低学年時代の今とは随分かけ離れた事々が懐かしくも、苦々しくも蘇らせるが、その映し出されるシーンを見るにつけ、父、母の慈愛に満ちた思い出の一つ一つ一つがしっかりと思いだされて胸が熱くなる。

とても父の逝った99歳まで生きるきるのは難しいが、願わくば命あるこれからの日々を感謝しながらしっかりと、明るく、楽しく、活き活きと生き切ることが、賢明に且つ懸命に天寿を全うした父母の思いに近づくことなんだと、自らに言い聞かせている。 そうだ! 妻と共に…。 (yamashin)